「最近、愛犬の元気がない」「なんだか歩き方がおかしい」。そんな飼い主さんの不安が、動物病院での検査によって「多発性骨髄腫」という診断につながることがあります。聞き慣れない病名に戸惑う飼い主さんも多いでしょう。この記事では、獣医腫瘍科診療を行う当院が、犬の多発性骨髄腫について詳しく解説します。
多発性骨髄腫とはどんな病気なのか
多発性骨髄腫は、骨髄の中にある「形質細胞」という免疫を担当する細胞が腫瘍化する病気です。形質細胞は本来、体を守るための抗体を作る大切な細胞ですが、これががん化してしまうと異常な抗体を大量に産生し、全身にさまざまな影響を及ぼします。
犬の血液由来の腫瘍の約8%を占める比較的まれながんで、発症年齢の中央値は8~9歳とされています。高齢犬に多く見られるため、「年のせいかな」と見過ごされがちな症状から始まることが特徴的です。
気づきにくい初期症状だからこそ注意が必要
多発性骨髄腫の症状は非特異的、つまり他の病気でも見られるような症状が中心になります。そのため、飼い主さんが「これは骨髄腫かもしれない」と疑うのは難しいでしょう。
よく見られる症状としては、元気消失、食欲不振、ぐったりしているといった全身症状があります。しかし、この病気の特徴的な症状として見逃してはいけないのが、骨に関連する症状です。
骨の痛みによる症状
多発性骨髄腫では、腫瘍細胞が骨を溶かしてしまう「骨融解」という現象が起こります。これによって骨の痛みが生じるため、以下のような症状が現れることがあります。
- 跛行(びっこをひくような歩き方)
- 足を触ると痛がる
- 歩くことを嫌がる
- 背中や腰を触られるのを嫌がる
骨が溶けることで骨折しやすくなり、場合によっては病的骨折を起こすこともあります。また、背骨の椎骨が押しつぶされると、不全麻痺や急性の麻痺といった神経症状が現れることもあるため注意が必要です。
その他の全身症状
骨髄の機能が腫瘍細胞に占拠されることで、正常な血液細胞が作られにくくなります。その結果、貧血による疲れやすさ、白血球減少による感染症のかかりやすさ、血小板減少による出血傾向(鼻血が出やすい、歯茎から出血しやすいなど)が見られることもあります。
また、骨から血液中にカルシウムが溶け出すことにより高カルシウム血症が起こると、多飲多尿(水をたくさん飲み、尿の量が増える)、嘔吐、便秘といった症状が現れます。
診断に必要な検査とは
多発性骨髄腫は外見だけでは判断できないため、複数の検査を組み合わせて診断していきます。
血液検査
まず行われるのが血液検査です。貧血の有無、血小板数の減少、高カルシウム血症などを確認します。特に重要なのが、血液中のタンパク質の検査です。多発性骨髄腫では、異常な抗体が大量に産生されるため、血液中のグロブリンという成分が異常に高くなります(高グロブリン血症)。
さらに詳しく調べるために、血清蛋白電気泳動という特殊な検査を行います。これにより「モノクローナルガンモパチー」という、一種類の抗体だけが異常に増えている状態を確認できます。
尿検査
尿中に「ベンス・ジョーンズ蛋白」という特殊なタンパク質が検出されるかを調べます。これは多発性骨髄腫で産生される異常な抗体の一部で、診断の重要な手がかりとなります。ただ、多発性骨髄腫でもベンス・ジョーンズ蛋白が尿から検出される割合は3割程度と低いため、これが検出されない場合でも多発性骨髄腫の疑いが無くなるわけではありません。
レントゲン検査
骨の状態を確認するためにレントゲン検査を行います。多発性骨髄腫では、骨が溶けている像(骨融解像、骨溶解性病変)が見られることがあります。頭蓋骨、背骨、四肢の骨などに病変が見られやすいため、複数の部位を撮影することもあります。
骨髄検査
確定診断のためには、骨髄検査が必要になることもあります。全身麻酔下で骨髄液を採取し、形質細胞の割合を調べます。正常であれば形質細胞は10%未満ですが、多発性骨髄腫では10~20%以上に増加しています。
上記の全身検査・血液検査・尿検査・画像検査・骨髄検査を組み合わせて総合的に診断します。
治療法の選択肢とその効果
多発性骨髄腫の治療は、主に化学療法(抗がん剤治療)が中心となります。
標準的な化学療法
第一選択となるのは、メルファラン(アルケラン)という抗がん剤とプレドニゾロン(ステロイド)の併用療法です。メルファランを使用した化学療法の治療反応率は92%と高く、生存期間中央値は540日(約18ヶ月)と報告されています。
治療を行わない場合の生存期間が数ヶ月程度とされているため、化学療法による治療価値は十分にあると考えられます。適切な管理がなされれば、2年以上生存するケースも見られます。
治療に反応しない場合
メルファランによる治療を6週間続けても反応率が50%以下の場合は、クロラムブシルという別の抗がん剤に変更することがあります。また、最近では分子標的薬であるトセラニブ(パラディア)を使用することもあります。分子標的薬は従来の抗がん剤に比べて副作用が軽度とされています。
支持療法
化学療法と並行して、症状を和らげるための治療も重要です。
- 輸液療法: 高カルシウム血症や過粘稠度症候群に対して行います
- 疼痛管理: 骨の痛みに対して鎮痛薬を使用します
- 骨融解の抑制: ゾレドロン酸などの骨吸収抑制剤を使用することもあります
- 感染症対策: 免疫力が低下しているため、感染症に注意が必要です
治療を受けるにあたって知っておきたいこと
通院スケジュール
化学療法は定期的な投与が必要です。メルファランは内服薬として処方されることが多く、自宅で投薬できますが、定期的な血液検査のための通院が必要になります。通常、治療開始時は2~4週間ごとの通院となり、状態が安定すれば通院間隔を延ばしていきます。
副作用について
抗がん剤治療には副作用のリスクがあります。主な副作用として、骨髄抑制(血球減少)、消化器症状(食欲不振、嘔吐、下痢)が見られることがあります。メルファランは比較的副作用が軽度とされていますが、定期的な血液検査で骨髄機能をチェックしながら治療を進めていきます。
副作用が強く現れた場合は、投薬量を調整したり、投薬間隔を延ばしたりするなどの対応を行います。愛犬の生活の質(QOL)を保ちながら治療を続けることが大切です。
治療費用について
多発性骨髄腫の治療には、初期の検査費用、定期的な血液検査費用、抗がん剤の薬剤費、診察費などがかかります。治療期間は長期にわたるため、継続的な費用負担が必要になります。具体的な費用は動物病院によって異なりますので、治療を始める前に獣医師とよく相談することをおすすめします。
ご家族として大切にしたいこと
多発性骨髄腫と診断されたとき、多くの飼い主さんが「どうしてあげればいいのか」と悩まれます。治療法を選ぶとき、「できるだけ長く一緒にいたい」と考える方もいれば、「副作用で苦しむより、自然に過ごさせてあげたい」と考える方もいらっしゃいます。どちらの選択も間違いではありません。
大切なのは、愛犬の状態をよく観察し、獣医師と十分に相談しながら、ご家族にとって最善の選択をしていくことです。治療を選択する場合も、治療しない選択をする場合も、愛犬が「その子らしく」過ごせる時間を大切にすることが何よりも重要です。
日常生活での注意点
治療中は、以下のような点に注意しながら生活していきましょう。
- 骨折のリスクがあるため、激しい運動や高いところからのジャンプは避ける
- 感染症予防のため、他の犬との接触を控えめにする
- 食欲不振がある場合は、嗜好性の高い食事を少量ずつ与える
- 痛みのサインを見逃さないようにする
- 定期的な通院を欠かさない
まとめ
多発性骨髄腫は比較的まれな病気ですが、早期発見と適切な治療によって、愛犬との時間を延ばすことができます。「なんとなく元気がない」「歩き方がおかしい」といった症状が続く場合は、年齢のせいと決めつけず、動物病院での検査をおすすめします。
当院では、腫瘍科診療に力を入れており、多発性骨髄腫をはじめとするさまざまながんの診断・治療に対応しています。診断がついた後も、飼い主さんの不安や悩みに寄り添い、最善の選択ができるようサポートさせていただきます。
もし愛犬の体調に不安を感じたら、どんな些細なことでもご相談ください。一緒に愛犬の健康を守っていきましょう。
