愛犬が血尿や頻尿の症状を繰り返していませんか。膀胱炎だと思っていたら、実は膀胱移行上皮癌だったというケースは珍しくありません。犬の膀胱腫瘍の約80%を占める移行上皮癌は、早期発見と適切な治療が何より重要です。今回は、獣医師の視点から膀胱移行上皮癌の症状、診断、そして最新の治療法について詳しく解説いたします。
膀胱移行上皮癌とは
膀胱移行上皮癌は、膀胱の内側を覆う移行上皮という粘膜から発生する悪性腫瘍です。犬の膀胱腫瘍の中で最も発生頻度が高く、中高齢犬に多く見られます。特にメスの発症率はオスの約2倍とされており、性別によるリスクの違いも明らかになっています。
この腫瘍の特徴は、局所への浸潤性が強く、リンパ節や肺、骨などへの転移率も比較的高いことです。診断時点で約10~20%の症例がすでに転移していると考えられており、早期発見が予後を大きく左右します。
好発犬種と危険因子
膀胱移行上皮癌には特定の好発犬種が知られています。スコティッシュテリアは他の犬種と比較して約20倍もの発症リスクがあるとされ、その他にもビーグル、シェットランドシープドッグ(シェルティ)などが好発犬種として挙げられます。
危険因子としては、肥満、除草剤や殺虫剤への暴露などが報告されています。日常的な散歩コースで除草剤が使用されている場合や、肥満傾向にある犬では、より注意深い観察が必要です。
見逃しやすい初期症状
膀胱移行上皮癌の初期症状は、一般的な膀胱炎と非常によく似ています。そのため、飼い主様が気づきにくく、診断が遅れるケースも少なくありません。
主な症状
血尿が最も多く見られる症状です。尿が赤やピンク色に染まったり、鮮血が混じったりします。ただし、血尿は出たり止まったりすることもあり、一時的に改善したように見えても安心はできません。
頻尿も特徴的な症状です。何度もトイレに行くのに、少量の尿しか出ない、排尿姿勢をとる時間が長くなった、といった変化が見られます。
排尿困難や排尿時の痛みを示すこともあります。排尿時に鳴く、排尿後に落ち着かない様子を見せる、といった行動の変化に注目してください。
これらの症状が抗生物質による治療で改善しない場合、膀胱炎以外の疾患、特に膀胱腫瘍を疑う必要があります。
腫瘍の発生部位と進行
膀胱移行上皮癌は膀胱のどの部位からも発生しますが、最も多いのが「膀胱三角」と呼ばれる部位です。膀胱三角とは、左右の尿管が膀胱に開口する場所と尿道の入口を結んだ三角形の領域で、ここに腫瘍ができると治療が非常に困難になります。
腫瘍が進行すると、尿道を閉塞しておしっこが出せなくなったり、尿管を閉塞して腎臓から尿が排出できなくなり、急性腎不全を引き起こすこともあります。また、約56%の症例で尿道への浸潤、29%で前立腺への浸潤が認められることが報告されています。
診断方法
基本的な検査
診断には複数の検査を組み合わせて行います。血液検査と尿検査は必須で、全身状態や併発疾患の評価を行います。尿中に腫瘍細胞が検出されることもありますが、検出率は30%以下と限定的です。
超音波検査は非常に有用で、膀胱内の腫瘍の有無、大きさ、位置を確認できます。また、リンパ節や他臓器への転移の評価にも役立ちます。
胸部レントゲン検査では、肺への転移の有無を確認します。膀胱移行上皮癌はリンパ節や肺への転移が比較的多いため、ステージングの重要な検査となります。
確定診断
確定診断には、尿道からカテーテルを挿入して膀胱内の組織を採取するカテーテル吸引生検や、膀胱鏡検査による直接生検が行われます。これらの検査により、腫瘍の種類や悪性度を判定します。
注意すべき点として、皮膚を通して直接膀胱に針を刺す方法は、腹壁に腫瘍細胞を播種してしまうリスクがあるため、原則として避けるべきとされています。
治療の選択肢
膀胱移行上皮癌の治療は、腫瘍の発生部位、ステージ、全身状態などを総合的に評価して決定します。
外科治療
腫瘍が膀胱三角以外の部位にある場合、膀胱部分切除術が第一選択となります。膀胱は全体の70~80%を切除しても再生する能力があり、術後1~2ヶ月で畜尿量が回復します。ただし、肉眼的に完全切除できても、顕微鏡レベルで腫瘍細胞が残存している可能性があるため、根治は困難なことが多いです。
膀胱三角に発生した場合、膀胱全摘出術が選択肢となります。この手術では膀胱を完全に摘出し、尿管と尿道をつなぎ直すか、尿管を膣や包皮に開口させます。根治の可能性はありますが、術後は常に尿が漏れる状態となり、おむつが必要になります。
内科治療(化学療法)
非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)、特にピロキシカムは、膀胱移行上皮癌に対して腫瘍抑制効果が認められています。1日1回の内服で、副作用も比較的少ないため、多くの症例で使用されています。ピロキシカム単独でも約20%の犬が1年以上生存可能とされています。
ミトキサントロンという抗がん剤とピロキシカムの併用療法は、現在最も標準的な治療法の一つです。この組み合わせでは、腫瘍の縮小率が約35%、生存期間中央値が約350日(約1年)という成績が報告されています。
最新の分子標的治療
2022年、ラパチニブという分子標的薬が犬の膀胱移行上皮癌に有効であると分かりました。ラパチニブとピロキシカムの併用では、50%以上の犬で腫瘍の縮小が見られ、無進行生存期間の中央値が193日と、ピロキシカム単独の90日と比較して大幅に延長しました。
この治療法は内服薬であり、副作用も比較的軽度なことから、今後の標準治療として期待されています。
緩和治療
尿道や尿管が腫瘍によって閉塞した場合、尿道ステントや尿管ステントを設置することで、排尿経路を確保します。これは根治的な治療ではありませんが、生活の質(QOL)を改善し、腎不全を予防する重要な緩和治療です。
また、疼痛管理や栄養サポートも、愛犬の快適な生活を維持するために欠かせません。
予後について
膀胱移行上皮癌の予後は、腫瘍のステージと治療内容によって大きく異なります。
転移がない初期の症例で根治的な治療を行った場合、生存期間中央値は約1年とされています。さらに、10~20%の症例では年単位での長期生存が可能です。
一方、リンパ節転移がある症例(N1)では生存期間中央値が約70日、転移がない症例(N0)では約234日と、ステージによる予後の差は明確です。また、膀胱壁に深く浸潤しているT3腫瘍では生存期間中央値が約118日、浸潤の浅いT1・T2腫瘍では約218日となっています。
無治療の場合、生存期間中央値は約60日と非常に予後不良です。しかし、適切な治療により、良好なQOLを維持したまま長期生存する犬も存在します。
早期発見のために
膀胱移行上皮癌は初期症状が膀胱炎と似ているため、見逃されやすい疾患です。以下のような場合は、早めに動物病院を受診してください。
- 血尿が続く、または繰り返す
- 膀胱炎の治療をしても症状が改善しない
- 頻尿や排尿困難が持続する
- 好発犬種で中高齢に達している
特に、抗生物質による治療で改善が見られない場合は、膀胱炎以外の疾患を疑い、超音波検査などの画像診断を受けることをお勧めします。
まとめ
膀胱移行上皮癌は、犬の膀胱腫瘍の中で最も多い悪性腫瘍です。初期症状が膀胱炎と似ているため、診断が遅れがちですが、早期発見と適切な治療により、愛犬の生活の質を維持しながら長期生存を目指すことが可能です。
最近では、ラパチニブなどの新しい分子標的薬も登場し、治療の選択肢は広がっています。膀胱炎のような症状が続く場合や、好発犬種を飼育されている場合は、ぜひ一度ご相談ください。
ぶんペットクリニックでは、腫瘍科診療に力を入れており、愛犬の状態に合わせた最適な治療プランをご提案いたします。少しでも気になることがあれば、お気軽にご来院ください。
